2018年5月19日 04:31        

自分らしくあるということ

最近気づいたのですが、私は人のことを性善説で考える人間のようです。会う人会う人、「いい人に違いない」というところをスタートにして会話を始める癖があります。そして幸いなことに、私と面談して下さる依頼者様はいい方ばかりです。面談時にはこんな風に感じることが多いです。↓

「普段の生活で会っていたら、友人になりたいと感じるほど良い人だな。でも精子提供が成功してお子さんが生まれたら、お会いすることも難しくなるんだろうなぁ。妊活は絶対成功して欲しいけど、会えなくなるのは寂しいな。とにかく、成功までの日々を大切にしていこう。」

大げさに見えるかもしれませんが、本当にこういう感じです。なぜ素敵な方ばかりお集まり頂けているのかは、私には分かりません。どの依頼者様も切にお子さんを願っておられて気持ちが真っ直ぐなので、輝いているのかも知れません。面談の際にはいつも、一期一会を感じています。(一期一会って、古いですかね?フォレスト・ガンプを思い出したんですが共感してくださる方はどれぐらいいらっしゃいますかね…?)

しかし一方で、精子提供者はどうでしょうか。

あなたが連絡を取っている精子提供者は、本当に良い人ですか?というか、私ひかりは良い人…ということでいいですか?良い精子提供者の基準って何なんでしょう。ここで一つ、私が尊敬している提供者さん(何名かいますがそのうちのお一人)のお言葉を紹介したいと思います。原文は崩して書きますが、こういう趣旨のお言葉です。

「妊娠・出産という結果が出れば、その精子提供者は依頼者様にとって良い提供者になり得る」
※最初に断っておきますが、この提供者はかなりの人徳者です。すごく良い人です

この言葉は最初納得できませんでした。「妊娠という結果が出せても、悪い人は悪い人でしょ?」と思ったからです。しかし、何度も何度も深く考えたら、「そういう側面もあるのか」と理解できる言葉でもあります。例えば以下の2名がいたら、どちらが依頼者様にとって良い提供者なのでしょうか。

  1. 一見真面目そうな提供者だが、本音はただ自分の遺伝子を撒き散らしたいだけ。依頼者様のことは内心どうでも良いと考えている。しかしこの人に頼むと確実に妊娠に至れる保証がある(と神様が約束してくれている)
  2. 見た目も中身も、心の底から真面目で誠意にあふれる提供者。自分のことは二の次で、依頼者様の笑顔が見たいという気持ちに突き動かされて活動している。しかしこの人に頼んで妊娠に至るかどうかは保証がない(神様の約束はない。運次第)

私は上記で言うと、2の方が良い提供者だと考えています。それは今も昔も変わりません。

ただ私の思い込みを捨てれば、1の方が良いと感じる方もいらっしゃるかも知れないのです。例えば「とにかく妊娠の確実性だ。提供者の内面はどうでもいい」とお考えのような場合です。それ以外にも、1の提供者の外面が良かったりしたら「1さんはいい人だなぁ」とある意味騙されたまま?出産まで至れれば、それはそれで幸せなのかも知れません。良い依頼者とは何なのか。非常に考えさせられます。

しかし私はそれでも、2番の提供者を目指したいです。私も煩悩の塊ですから上記2番ほどの聖人になるのは無理ですが笑、目指すところは2番です。自己中心的なものも含め、私の行動原理を包み隠さず書くと以下になるからです。

  • 妊娠で困っている方の助けになれると嬉しい
  • 妊娠で困っている方と気持ちを共感し、信頼を築きあえると嬉しい
  • 妊娠で困っている方に感謝されると嬉しい
  • 出産という人生でも最大の喜びを、(ほんの一部の関わりとは言え)当事者意識をもって共に喜びたい

上記のどの行動原理どれを取っても、私の自己満足以外の何物でもありません。特に出産の喜びを当事者意識をもって喜びたいなどと言うのは一般社会で考えてクレイジーそのものです。親友の出産に対する「良かったねー!」も嬉しいことではありますが、生物学上の父として関わった大切な生命の誕生について「本当に良かったです!」と心底言いたいのです。こういう発想の人はそう多くないと思います。

しかし私の自己満足とは言え、「依頼者様に寄り添いたい」という気持ちは依頼者様の妊活にとって必ずプラスに働くはずと考えています。また生まれてくるお子さんへの遺伝を考慮しても、「人助けがしたい」という私の性格を求めてくださる方はいらっしゃるはずです。そう信じています。

もしあなたが1番ではなく2番の提供者を求めておられるのであれば、是非ご連絡ください。協力させていただきます。