2019年3月18日 00:37        

生と死

普段は生に関することを考えて動くこの活動ですが、本日はふとした事から、依頼者さんと死について会話することがありました。誰かの死は残された方々に大きなショックを引き起こし、周囲の方に大変な影響を与えます。普段の生活では人の死について考えませんし、話題にも出ませんが、私にも身近な人を亡くした経験があったのでお互いの思いを会話しました。

人が亡くなると常に自責の念がつきまといます。もっと何かしてやれたんじゃないか、助けてあげられたんじゃないか、などです。私も依頼者さんもそうでした。しかし一般的に考えて、あなたのせいではないことがほとんどです。色々な要因が積み重なったと考えるのが自然です。同じ経験をされた方がいらっしゃれば、どうか前を向いてほしいなと思います。

同じような経験をされた皆さんに、ここでお伝えしたいことが2点あります。1点は、「人間は因果関係を単純化してしまいがちだ」ということ。もう1点は「人は内省の元に忘れることで前を向ける」ということです。

1点目の「因果関係の単純化」ですが、これは非常にシンプルです。例えば何か落とし物をしたら、「私はうっかりものだからだ」と考える。体調不良だったら「野菜不足かな?」と考える。などです。
人は、今起きた経験と過去の経験とをなるべく単純に結び付けて行動するクセがあります。その方が安全だからです。例えば、キッチンで調理中に焦げくさい臭いがしたら、真っ先にフライパンの焦げを疑ってコンロの火を止めると思います。これが安全という事です。「焦げ臭い=きっと焦げている=危ないので火を止めよう」と考えられるのです。ここで「もしかしてコンセントとホコリからの発火では?お隣の家からの火事かな…?」と考えるような人は少ないはずです。そのようにすべての可能性を考えることは大事ですが、日常生活でそれをやっていると危険なのです。直感的に考えて因果関係を作ってしまった方が安全なので、そう考えます。
しかし人の死に関しては別です。冷静に考えれば、あなたのせいではありません。私も過去は「自分のせいか」と思い悩んだことがありますが、今は違うと思えます。是非自分を追い詰めてしまっている方もそのように自分を第三者的に見て考え直してください。

2点目の「内省の元に忘れることで前を向ける」ですが、内省しつつ普段はそれを意識する必要がないことを意味しています。
例えばフライパンの焦げを起こした人は、次からは弱火で調理するでしょう。単にそれで良いのです。「前は焦がしちゃったなぁ…」と毎回落ち込む必要はありません。焦がしてしまった経験自体も、思い出したいときに思い出せれば良く、普段から思い返す必要はありません。過去の焦げ付きの経験は、次の焦がさないためのアクションに繋がっていればそれで良いのです。
人の死についても同じです。最初のころは自分を責めることも多いと思いますが、そのうちに忘れてきて、何らかの今後のアクションに無意識につながっていることが大事です。忘れてしまっていることを責めたりせず、是非一緒に前を向いていきましょう。

この投稿は他の依頼者さんに向けての発信でもありますが、自分への言い聞かせも込めて公開します。長々と失礼しました。