2018年4月9日 06:50        

出自を知る権利についての再考

最近色々なことを考え直す機会があり、出自を知る権利について改めて考え直しました。

その結果、考え直す前と後で同じ結論を得ました。
考え直す前も後も、私の考えは以下の通りです。

「出自を知る権利として、ひかりの個人情報を教えられますか?」
 ⇒「教えられません。ただし、今後も連絡がつくようにします」

このことはブログのQ&Aにも書いています。考え直すことになったきっかけは以下の通りです。

  • 依頼者様から、面談の際に以下の質問が出た
    「今は匿名であっても、将来的に、ひかりさんの本名や住所は教えてもらえるんですよね?」
  • 「個人情報は開示します」という方針のよその提供者様がいることをWebで目撃した

私は、現在も将来にも一切個人情報を開示できません。個人情報を開示していると、将来的に私の生活と、お母様へのホットラインが破綻する懸念があるためです。もし私が個人情報を提供していたらどうなるのか?を考えてみました。以下のようになると想像しています。もちろん、全部仮の話です。

  • 現在
    • この活動を続けていて、合計10名のお子さんが誕生した
    • 10名のお母様それぞれに、ひかりの本名や住所を開示していた
    • 10名のお母様は皆さん、ひかりの個人情報は子供たちに積極的に開示しないと約束して下さっている
    • ひかりは、依頼者であるお母様と連絡を取り続けることを約束している
    • ひかりはこの活動とは別に家庭を持っており、一般の仕事に就いている
  • 20年後
    • 10人のお子さんは10人の成人となった

成人になったお子さんは、みなさん立派な大人になっていることでしょう。家庭が違えば生活環境も違う10人です。精子提供の事実を告知されている人もいるかも知れませんし、告知されていない人もいるかも知れません。また告知を受けたとしても、どう受け止めるかも人それぞれでしょう。

精子提供について、まだ見ぬ子供たちがそれぞれどう考えるかは分かりませんが、ここでは10名の考えが以下のようにバラついたと仮定します。10人はそれぞれ別の成人ですから、考え方がバラつくと考えても自然なはずです。

  • 生物学上の父が別にいること自体告知されていない…1名
  • 生物学上の父が別にいることを知っている…9名(以下が内訳)
    • 生物学上の父が誰なのか知らない…2名
    • 生物学上の父=ひかりと知っているが、会いたくないし連絡もしたくない…2名
    • 生物学上の父=ひかりと知っていて、会いたくはないが連絡ぐらいしたい…2名
    • 生物学上の父=ひかりと知っていて、会ってみたい…2名
    • 生物学上の父=ひかりと知っていて、母親は必死に制止してくるが何としてもひかりに会いたいし文句を言ってやりたい…1名

さて、ここまでで下線部を2箇所設けましたがどうでしょうか。

元々は10名のお母様は皆さん、
ひかりの個人情報は子供たちに積極的に開示しないと約束
してくださっていましたが、そのうちたった1名のお子さんが
何としてもひかりに会いたいし文句を言ってやりたい
と考えるようになりました。

この子のお母様は、ひかりの本名や住所を知っていますが、そのことは秘密にしてくれています。しかしそのお母様は、お子さんからの質問を受けます。「生物学上の父は誰なの?本名を知らないの?どんな人なの?文句を言ってやりたい。」

ひかりの本名を知らないと言えばウソになります。しかしお子さんからの質問は軽いものではなく、切実な願いです。ウソをつき通すことはきっと苦しいことでしょう。ウソに耐えかねて「知っている」と言えば、結局はお子さんにひかりの個人情報を渡すしかないでしょう。そうなると、私の事を探すことはたやすいはずです。相手はお子さんとは言え、既に成人です。大人なんです。私立探偵でも雇えば、私の所にすぐたどり着くでしょう。

その頃の私は、他のお母様とも連絡が取れる状態をキープしながら、自身の家庭を持ち、仕事に就いていたとします。そこに上記の1人のお子さんが登場します。登場の仕方にもよるとは思いますが、「隠し子発覚」と同様の扱いで、私の周囲が大騒ぎになることが考えられます。

私のような活動は、社会が受け入れてくれませんので、恐らくは私の家庭が崩壊し、場合によっては職も失います。即座に私は路頭に迷うことでしょう。私は地下に潜るようにひっそりと生活することになり、他のお母様との連絡も現実的ではなくなるでしょう。

そうするとどうでしょうか。たった1名のお子さんが私の元を訪れることによって、私の生活は崩壊し、他のお子さんとの連絡も絶たれる結果となりました。

こうなることは絶対に避けたいと思っています。包み隠さずまっすぐに言えば、私自身の犠牲を許容できません。そしてたったお1人のために、他の皆さんを犠牲にする事も許容できません。もし個人情報を開示するのであれば、私自身は一生家庭を持たず、社会的な地位や信用も失って生活しても良いぐらいの覚悟が必要だと考えています。大変申し訳ありませんが、私にはそこまでの覚悟はありません。

「個人情報を開示できないのなら、覚悟がないのなら、提供活動をやめてしまいなさい」という意見もあると思います。確かにそれにも一理あるでしょう。本来は、これら問題が体制整備や法整備で解決することがベストなのかも知れません。そうであれば、私のような活動は何の意味もありません。今すぐやめます。

しかし今、私に連絡を下さるような方は、そういった受け皿が無いからこそ連絡をされているのです。もし今、個人情報を開示しない人が全員活動をやめたらどうなるのでしょうか。今困っている方が、より困ってしまうのではないでしょうか。「個人情報の開示は無くても良いから今の私を助けて欲しい」という声はきっとあると思います。

「絶対子供には個人情報を教えない」「うちは大丈夫」「うちだけには教えて欲しい」と言われてもダメなんです。私の個人情報を全ての依頼者様に非公開とする。これが最重要と考えています。

なお「出自を知る権利」に関する当事者として、以下の方が非常に有名です。読んで頂ければ分かりますが、生物学上の父が誰なのか知りたいという気持ちは自然に生まれるものなのです。(※全てのお子さんが加藤さんのように冷静であれば、提供者も会う事を前向きに検討するんじゃないかと思うのですが、全員が冷静な方とは限らないのが難しいところです)

AIDで生まれた医師加藤英明さん 遺伝上の父 知りたい

 

私に依頼をされる方は、皆さんそれぞれお子さんの「出自を知る権利」に関してしっかりとお考えください。そして私の考えに同意できる場合にのみ、ご依頼ください。精子提供者が匿名である点については、今の日本の病院で受けられる正式なAIDと同条件です。それでは困る、日本の病院以上の事を求めているんだ、という場合は、申し訳ありませんが私ではお応えできません。

今後も連絡は付くようにします。しかしそれ以上の情報は開示できません。それが私の考えです。

出自を知る権利についての再考」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 事実を伝えない事の優しさ | 精子提供 ボランティア ひかり

コメントは停止中です。